自然に挑む 江戸の超グラフィック —高松松平家博物図譜
自然に対しての興味関心は、今も昔も変わりません。自然に魅了された人々が、自然物を書物にまとめ残そうとする行為は、時代を超えて、世界的にみられます。
現代においては様々な切り口で編集される図鑑が身近な一例であり、写真や絵といった手段によって、視覚的に自然を紹介しています。一方、江戸時代の日本では、木版や手彩色による絵を用いて自然界のものを集積・分類する書物が多く作られました。そこには、江戸の人々の自然に対する強い関心や美しさへの興味を見出すことができます。
高松松平家に伝来する博物図譜(香川県指定有形文化財、以下「松平家図譜」と略す)もまた、そのような自然に挑んだ軌跡の一つと言えます。高松藩五代藩主・松平頼恭(1711〜71)の命によって、18世紀半ばに「衆鱗図」4帖、「衆禽画譜」2帖、「衆芳画譜」4帖、「写生画帖」3帖の4種13帖が制作されました。「衆鱗図」では、魚や甲殻類など、「衆禽画譜」では、水鳥や小鳥など、「衆芳画譜」「写生画帖」では草木や花、果実などを描くとともに、ほぼすべての図に名前を記した付札があります。収められた数は総計で2,141図にも及びます。

“超グラフィック”
松平家図譜では様々な技法を用いて質感や立体感を出そうとしており、そのひとつが、箔の使用です。魚類では箔の上に彩色を施し、“鱗”「衆鱗図 第一帖」(図2)にみられるような、その生々しい光沢のある質感となっています。


“夏ミカン”「衆芳画譜 花果第五」(図3)に注目すると、果実の皮の表面が凸凹していることに気が付きます。これは、貝がらをすりつぶして作った胡粉という白い顔料を塗り重ねて盛り上げ、その上に彩色を施したものと考えられます。“夏ミカン”では表面全体に、柑橘類の点状にへこんだ質感を表しています。この盛り上げは、柑橘類のほか果実の種、筋の体表を表すのに用いられています。


盛り上げと同様に立体感を出す工夫として、切り抜きが挙げられます。『衆鱗図』と『衆禽画譜』のすべて、『衆芳画譜』および『写生画帖』の一部は、輪郭線にそって切り抜き、画帖に貼りつけています。“ウドノ海月”『衆鱗図 第二帖』(図4)の切り抜きはまさに極致とも言えるもので、何本もある細い触手の一本一本を切り抜いています。このような細かな切り抜きを大量に行う徹底ぶりからは、立体感に対する強いこだわりをもって、制作を行ったことが感じられます。


箔の使用、盛り上げ、切り貼りといった技法は、伝統的な日本の絵画でみられるものです。松平家図譜の表現技法における最大の特徴は、技法を組み合わせる、独創的な用い方をするなど工夫を加えることによって、立体感や質感を追求している点にあります。これらの技法は松平家図譜の表現を支える重要な要素であり、緻密な線や濃密な色彩と合わせることによって、鑑賞者を松平家図譜の世界に引き込みます。
松平頼恭の伝記『増補穆公遺事』(瀬戸内海歴史民俗資料館蔵)には、「衆鱗図」と深く関連すると考えられる「魚図」を幕府へ献上したとあり、「魚図はとりわけ精密で、世にないもの」と表現されています。「精密」の表現は「衆鱗図」にあてはまり、松平家図譜の評価は高いものだったと推測されます。
江戸時代には様々な博物図譜が制作されており、その背景には、博物学や描写力といった確かな基礎がありました。そして頼恭ら松平家図譜に関わる人々の自然に対する高い関心と情熱が、松平家図譜を生み出した原動力となったのです。
松平家図譜は、約300年前に制作されました。しかし、松平家図譜が与える感動や驚きは、時代を経ても色あせていません。抜きんでた描写力やデザイン性は、現代の私たちにも衝撃をあたえる“超グラフィック”と言えるものなのです。本展では、松平家図譜の「ここまで描くか?!」に迫ります。
(学芸員 鹿間 里奈)
展覧会情報 特別展 「自然に挑む 江戸の超グラフィック―高松松平家博物図譜」
4月27日(土)~5月26日(日)
開館時間
9:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
※4月27日~5月6日と会期中毎週金・土曜日は20:00まで開館
休館日
5月7日・13日・20日
観覧料
一般1,000円、前売・団体・瀬戸芸パスポート提示(1回限り)800円
※高校生以下、65歳以上、身体障害者手帳等をお持ちの方は観覧料無料
※5月18日(土)国際博物館の日は観覧料無料