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最終更新日:2026年1月9日

Topic 多分野から触れる建築

トピック

特別展「日本建築の自画像—探索者たちの もの語り(以下「建築展」)」の担当学芸チームは全員が建築専門ではないという珍しいメンバー構成です。展覧会を準備する中で、各々どのように建築を見ているのでしょうか。今回、主担当の佐藤(考古)以下、一柳(美術)、渋谷(歴史)、谷川(歴史)、信里(考古)、日置(美術)の担当者6名の中から4名が語り合いました。

一柳:展覧会の準備中、建築のイメージは変わりましたか?私は民家を調べる中で地域や風土との関係性を知り、建築はこれまで思っていたよりもずっと幅広い概念だと感じています。建造物だけではなく、人の暮らしやコミュニティなども建築の要素に含まれることには驚きました。

渋谷:今回の建築展はたぶん普通の「建築展」ではないと思います。建築家個人や建築集団が主語になるような建築展でなく、その建築がどうして作られたのかを考えるものです。そういう意味で私は、歴史的な背景を踏まえてどういうふうに形に表れているかを考えます。担当している沖縄は端的な例。元々は日本・中国それぞれの文化を汲んだ寺院の建築と、人々が普段暮らす住宅があって、戦後に米軍がコンクリートブロックを使った住居を建てて、それらの特徴を諸々合わせて名護市庁舎というひとつの形が出来ていく。地域の歩んできた歴史が建築には現れていると思います。

一柳:歴史の視点から建築について相対的に考えているんですね。「建築って誰のもの?」をキーワードに、様々な分野で建築を捉えるのはこの建築展ならではのアプローチだと思います。

谷川:建築展に関連して、各地の建物を調査・研究しました。弥生時代の建物を説明するのに、よく使われる登呂遺跡の高床式倉庫(復元)は、昭和期に建築史家が神宮の社を参考に復元設計したと知った時、とても衝撃を受けました。また、瀬戸内海の建築と異なる視点から、チセ(アイヌの家屋)を調べたときは、北海道各地でその土地に根ざした生活があることも改めて知りました。いずれも、「目からうろこ」と感じました。

日置:人と、暮らしと、環境と、モノとしての建築が、行きつ戻りつ関係しているという考えを持ったことは一番の変化です。今、建築家の山本忠司と神谷宏治が撮影した写真を調査していますが、二人の撮り方はだいぶ違う一方で、建物を建てるとき、もとの風景や環境はどんなふうだったのか、ここにどういう目的を持った人たちが来て、どういうものが関わっていくのか、という共通した視線を感じます。

一柳:担当者の視点が本当に様々ですね。建築というテーマを通すと、一人ひとりの違いが際立つようです。

谷川:ひとつの建築でも、人によって視点が違っていて、そうした色々な見方を整理しながら進めなければ、と思うこともあります。

渋谷:様々な見方やとらえ方を重ね合わせ、場合によっては取捨選択しながら考える必要がありますね。

日置:私は、悩むときには色々な見方や思考が重なり合っていることが多いので、一枚一枚はぐようにして、本質に近づくようにします。

一柳:本質に近づこうとするとき、一方では重ね合わせ、もう一方ではそぎ取っていこうとする。アプローチとしては真逆ですね。展覧会に立ち返ると、担当箇所ごとにそれぞれが思い描く建築の自画像にも個性が出そうです。

日置:それぞれの建築の自画像が現れて、観覧者にそれを感じてもらえたら、展示としていい形になったのかなって思います。

(編集・主任学芸員 一柳 友子)

名護市庁舎(沖縄県)