調査研究ノートvol.34 生誕120年 藤川栄子 ―私が好きな絵を描けるようになる道
どのように画家は自分の好きな絵を描けるようになるのでしょうか。そのヒントは藤川栄子(ふじかわ えいこ、1900―1983、高松生まれ)からうかがい知ることができるでしょう。
栄子は、高松高等女学校を卒業後、奈良女子高等師範学校を経て、聴講生として早稲田大学文学部に学ぶように、初めは画家を目指していませんでしたが、ロダンの助手も務めた同郷の彫刻家藤川勇造(1883―1935)と結婚し、勇造や洋画家の安井曽太郎から絵の手ほどきを受け、画家を目指すようになりました。さらに二科会で活動の場を広げ、1946年には洋画家岸田劉生(1905―1999)と日本初の女性による芸術活動を目指した団体「女流画家協会」を創立し、後進を育て、「わが国女流洋画家の草分け」(註1)として知られています。ふるさと香川では、香川県美術展覧会の審査員を歴任し、1985年には香川県文化会館において回顧展が行われました。
栄子の道のり
では、栄子の道のりはいかなるものだったのでしょうか。当初、栄子は、試行錯誤をしながら女性を描き続けました。裸婦の変遷は、栄子が女性の持つ本質を捉えようと試みた結果なのかもしれません。たとえば、「裸婦横臥」(1950)(図1)ではモデルに向き合い、その量塊を描き出そうとする姿をうかがうことができます。また栄子は「私は色気で描いてるんじゃないの。造形として追求してるんです」(註2)と述べるように、裸婦を描くことが栄子の重要なテーマであり続けました。
つぎに、静物が栄子にとって重要なテーマといえます。静物を描き続け、次第に抽象ともいえる静物の境地に到達していきます。こうした静物画のはじまりに位置するものとして、渡欧から帰国後の「ガラスのある静物」(1954)(図2)は興味深いものです。ここでは、大きい静物ディテールと野菜や調理器具を配置しています。こうした本作では、調理前の一時の静けさを醸し出すと同時に、この場に描かれていない台所の主の登場を予感させます。この場にいないものの存在を、作品に登場させずに示唆させるのは、のちの作品にも見受けられます。
第3のテーマと呼べるものは、50年代末から60年代にかけて目立つようになる、形や色面の構成に高い関心を寄せていることがうかがえる作品シリーズです。なかでも菱形が浮かび上がるように描かれている《菱形の構成》(1967)(図3)には、余白、あるいは色や形の相乗効果を狙っていることが伝わってきます。この時代に培われた形や色の取り組みの成果は、後述するような、晩年の裸婦や静物、風景を取り入れた心象的な作品シリーズからうかがい知ることができます。
ここまで栄子の人物・静物・画面構成という3つのテーマをみてきました。晩年、その融合が図られるようになり、画面全体の色調が淡く輪郭線が細く柔和に描かれるようななかで、栄子自身の物語が紡ぎ出されるかのように、人物と静物が登場するようになります。たとえば、《彫刻のある室内》(1981)で彫刻が登場するように、どのような意味を抱き続けた彫刻だったのでしょうか。《ひろがり》(1976)では、《ムーアの彫刻のある風景》(1975)で用いたムーアの彫刻とともに、それを眺めるかのように人物が配置されています。さらには、《画室と私》(1978)(図4)では、生涯のテーマともいえる裸婦に向かい合う自身の心象が描かれました。これまで自分を作中に登場させることがほとんどなかった栄子が、室内にいる自身とモデルを描いています。こうした晩年の作品群からは、先にみた《菱形の構成》に見受けられる画面構成への追求と、栄子のテーマとなっていた人物画と静物画が融合したものであることが伝わります。
これらから、栄子が次第に自身の絵画を生み出していったことが読み取れます。様々な様式を吸収しながら裸婦や静物を描いた栄子が、形や色が織りなす画面構成を経て、晩年には、これまで得た描き方をとけあわせるかのように組み合わせ、ときにはそぎ落とし、作品に想像力を掻き立てるような心象世界を生み出しています。亡くなる前年、1982年の栄子の言葉には「何もかも振りすてた心境で自分の好きな絵がやっと描けるようになった」(注3)とあります。それは、こうした晩年の画境を表しているのではないでしょうか。この年、栄子は《静物》(1982)を制作しました。50年代末から60年代にかけて培われた画面の構成力に、裸婦で得た造形の本質を捉えて描き出す力が加わり、さらに晩年見受けられた巧みな心象表現が組み合わさっていきました。
(学芸員 日置 瑤子)
(注1)「朝日新聞」朝日新聞社,1984年8月9日,17面
(注2)『美術手帖5月号』美術出版社,1954年,61頁
(注3)藤川栄子「ごあいさつ」『藤川栄子自選展』(於 ギャラリージェイコ)案内状,1982年


1954年 当館蔵


関連展覧会
常設展示室2「生誕120年 藤川栄子 ー私が好きな絵を描けるようになる道」
7月28日(火)〜9月22日(火・祝)