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最終更新日:2026年1月9日

調査研究ノートvol.33 シリーズ文化財(1)文化財保護法70年

調査研究ノート

保護法の特色

1950年(昭和25)の文化財保護法(以下、保護法)制定より今年で満70年をむかえます。保護法は、有形文化財(美術工芸品、建造物等)、民俗文化財、記念物(遺跡・名勝・動植物等)など多岐にわたる文化財を一つの法律をもって保護するものであり、韓国の文化財保護法(1962年)とともに世界的に数少ない包括的な文化財保護のための法律です。

保護法では第2条による各分野の文化財(図1)のうち、価値(学術的)のある重要なものを指定、選定することでその保護を図ります(重点的保護主義)。ここでの保護とは、保存と活用の両方を含意したものです。

図1 文化財保護の体系

立法の背景と文化財の語

保護法は、戦前の有形文化財保護を目的とした「国宝保存法」(1929年(昭和4))、「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」(1933年(昭和8))、記念物保護の「史蹟名勝天然紀念物保存法」(1919年(大正8))の改正・統合を基本に検討がなされ、新たに無形文化財(演劇、音楽、工芸技術)が加えられました(図2)。

太平洋戦争後の社会的経済的混乱は文化財所有者の困窮による闇流出や遺跡の盗掘等を招きました。文部省では1946年(昭和21)よりこれらの対応の検討を開始しましたが、その最中の1949年(昭和24)年1月に修理中であった法隆寺金堂の焼損が発生しました。これ以降、立法気運が大いに高まり、1950年(昭和25)年5月1日に議員立法として参議院本会議で可決・成立しました。

「文化財」という用語の語源は、先の法案審議過程で「国宝」「史蹟名勝天然記念物」と呼称されていた保護対象の物件の総称として、英語のCultural Propertiesの和訳で用いられたのが始まりとされます。ここでの「財」とは決して経済的価値ではなく、現在及び後世の人々にとって芸術上、歴史上の観点で価値のあるものと考えるべきです。

図2 文化財保護法の系譜

時代とともに変容してきた保護法

保護法は時代や学術的背景の変容に応じて、保護の枠組みの拡大などの変容を重ねてきました。

昭和30~40年代の高度経済成長期の国土開発による急速な都市化は、各地の宿場町や町並みなどの歴史的環境の破壊や、伝承されてきた風俗慣習や民俗芸能の急速な変貌と衰退を招き、1975年(昭和50)の改正では伝統的建造物群と民俗文化財の類型が創設されました。近年では景観保護意識の高まりを受けて、2004年(平成16)には生活や生業により形成された景観地の保護のために文化的景観の類型が新設されています。

また、近代(明治・大正)の文化財の保存に対処するため、1996年(平成8)及び2004年(平成16)の改正により、届出制によるゆるやかな規制の登録文化財制度(有形文化財、民俗文化財、記念物)が創出されました。

文化財保護と博物館

戦前、史蹟名勝天然紀念物保存法の制定に大きな影響を与えた黒板勝美(歴史学 1874~1946)は、調査に基づく保存(指定)と整理、公開のための博物館(国立)建設の必要性を説きました。戦後、1951年(昭和26)の博物館法では、博物館は歴史、芸術等の資料収集、保存、研究、展示を行う社会教育施設として位置付けられました。

これらのうち、昨今は展示(活用)のみが注目を浴びることが多いようですが、基本となるのは資料の価値づけを行う調査(収集)であり、それがあってこその公開・活用です。博物館が文化財保護で大きな役割を果たすことができるのは調査が重要だといえるでしょう。

(主任文化財専門員 信里 芳紀)

文化財保護法御署名原本
(国立公文書館デジタルアーカイブ)

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