調査研究ノートvol.38 祭礼絵巻の調査研究 —左から右へ展開する絵巻—
昨年度の特別展「祭礼百態―香川・瀬戸内の風流」の開催にあたっては、事前に瀬戸内の各地に遺された祭礼関係資料の調査を実施しました。その際、とりわけ目を引いたのは祭礼行列を描いた絵巻です。その数の多さに改めて驚かされましたが、何よりも見開こうとした時、「え!」と感じた絵巻もありました。

絵巻の原則―右から左へ―
絵巻は料紙を何枚もつないで、横に長い画面を作り出す点が特徴です。鑑賞者自らが左手で左方に画面を広げて見て、次に右手で巻く、という一連の動作がともない、それを繰り返すことで絵巻を見るという行為が完成します。
では、このように画面が右から左へ展開してゆくのはなぜでしょうか。絵巻は本来、絵の前に詞書を配するものであり、この詞書が連綿の筆を連ねる縦書きである以上、やはり右から左への方向性が自然であったからといえるでしょう。
左から右へ展開する絵巻
ただこの右から左へ、というのはあくまで原則で、今回の調査でもその逆、すなわち左から右へ展開する絵巻に2度出合いました。一つは兵庫県赤穂市坂越にある大避神社の船祭を弘化2年(1845)に描いた「大避神社祭礼絵巻」です。今一つは愛媛県宇和島市吉田町にある八幡神社の祭礼を描いた「吉田祭礼絵巻」で、天保6年(1835)に描かれたものを、大正5年(1916)に描き写したものです。それらを手にした際、通常とは逆向きに展開することに少々困惑したものです。
実は当館も、左から右に展開する祭礼絵巻を所蔵しています。高松市にある石清尾八幡宮の祭礼を描いた「石清尾八幡宮祭礼図巻」です。作者の松平左近(頼謙)は高松藩八代藩主頼儀の長男で、幕末の市井に目を向け、民衆の姿を生き生きと描き出しました。今回の調査とあわせ、このタイプの資料を3件確認したことになります。

なぜ左から右なのか?
では、通常のものと逆方向に展開する絵巻がつくられたのはなぜでしょうか。祭礼絵巻についていえば、もとより絵巻の原則を知らなかったのではなく、おそらく近世から近代の人びとが祭礼を見たままに記録し、伝えようとしたからでしょう。また近世の刷物、例えば「須賀山正祭頭騎大略図」を見ると、行列は上中下の3段に分かれ、中段の行列は逆方向になっています。こうした刷物が影響し、絵巻の原則をゆるやかにとらえる見方につながったのかもしれません。

祭礼行列を記録するには、どこまでも横にスクロールできる絵巻は恰好の記録メディアだったはずです。絵巻を手にとって鑑賞することは現代では稀なことですが、しかし近世から近代の各地域で多くの祭礼絵巻がつくられていた事実は、かつて絵巻が地域の人びとにとって、身近で、使えるメディアであったことを物語っています。絵巻の原則を変化させた背景の一つも、この点に関わっていたといえるでしょう。
(専門学芸員 上野 進)