調査研究ノートvol.37 シリーズ文化財(3) 記念物100年
1.記念物とは
主として土地(不動産)に関わる文化財の「記念物」の保護を目的とした「史蹟名勝天然記念物保存法」(文化財保護法の旧法の一つ)が、大正8年(1919)に制定・施行されてから100年になります。記念物とは、我が国の成り立ちや沿革を示す史跡(遺跡)、名勝(庭園・風景)、天然記念物(動植物・地質鉱物)で価値の高いものを指します。
一般的に文化財と聞くと、人工物を指すという印象を受けますが、記念物の中には、史跡の古戦場跡や名勝の景勝地をはじめ、天然記念物は専ら自然物を対象とするなど、保護対象は極めて多彩です。これは、記念物の本質として、政治的歴史的事象(史跡)や風景の観賞(観て楽しむ)などの文化的活動(名勝)を、自然環境(天然記念物)を通じて把握するということにあります。つまり、過去から現在までの人間活動は常に自然環境を舞台と生じたものとして一体的に捉える理念があるからです。

大正11年指定、昭和30年特別指定[小豆郡土庄町]
2.記念物の認識のはじまり
記念物の認識のはじまりは、江戸時代後期から幕末にかけて全国で盛んに編集された「名所図会」などの地誌にみることができます。これらでは、史料や口碑流伝にもとづいて調べ上げられた各地の旧跡(史跡)、名所・名区(名勝)、巨樹・古木(天然記念物)が、挿絵とともに紹介され、郷土の成り立ちを示す象徴として広く認識されました。
明治維新後の急速な近代化は、記念物に様々な影響を与えました。特に日清戦争、日露戦争後の経済成長は、全国各地で土地の開拓、道路建設、電源開発などの各種の開発が活発化し、記念物保護が危機に面します。また、政府は両戦争で多くの戦死者を出し、都市部との経済的社会的格差を生じさせ、政府は著しく疲弊した農村部の振興策として「地方改良運動」を展開します。その中で、記念物は郷土への愛郷精神を養うための国民教化の材料として取り上げられました。
一方、この時期の歴史学、考古学、造園学、植物学の学術的分野の発展も大きく影響を与えました。その中でも植物学の三好学(1862-1939)、歴史学の黒板勝美(1874-1946)は、ドイツの郷土保存、自然保護思想を国内に紹介し、その保護を訴えました。
3.史蹟名勝天然記念物保存法の制定
既に明治30年(1897)には、古社寺が保有する宝物や建造物を「国宝」、「特別保護建造物」として指定・保護することを目的とした「古社寺保存法」が制定されていましたが、記念物保護に関する法律は、明治44年(1911)3月の帝国議会において、「名所旧蹟保護ニ関スル建議案」、「史蹟及天然紀念物保存ニ関スル建議案」等が可決され立法機運が高まりました。また、同年4月には内務大臣が地方長官会議において史蹟名勝天然紀念物の保存の訓令を行い、以後、数回にわたって各府県に対し指定・保護すべき物件の調査が行われるなど、急速に法整備の準備が行われます。
このような状況の中で、大正8年(1919)4月には「史蹟名勝天然紀念物保存法」が可決・成立し、大正9年(1920)1月には史蹟名勝天然紀念物保存要目(定義及び指定基準)が決定され、同年7月からは天然紀念物の指定が開始されました。
4.史蹟名勝天然記念物保存法から文化財保護法へ
国土の優れた自然や風景、歴史を象徴する土地を保護する我が国最初の法律の「史蹟名勝天然記念物保存法」は、戦後、昭和25年(1950)に制定された「文化財保護法」へ引き継がれ、「史蹟名勝天然記念物」は「記念物」として名称が改められ、現在まで約3千件が指定されています。
展示では、このような記念物の認識から保護に関する歴史を当時の社会状況と関連させて紹介する予定です。
(主任文化財専門員 信里 芳紀)
関連展示会
常設展示室1 常設展「記念物100年」
12月4日(金)〜2021(令和3)年2月14日(日)