特別展「空間に生きる画家 猪熊弦一郎—民主主義の生活空間と造形の試み」
猪熊弦一郎(1902〜1993)は香川県に生まれ育ち、20世紀を通して活躍した画家です。特に戦後すぐの時期には建築やデザインへの強い関心を持ちました。猪熊は「僕は自分で建築をやり、家具も何も全部を総合したものが作りたい。(略)そういう大きな立体をやりたい。けれども、それは絶対に一人の力ではできないのです。」※と語り、生活空間や協働にも関わる総合芸術を新しい時代に求めたのです。「空間」と「生活」のふたつのテーマが響きあうような展覧会をご紹介します。※佐波「猪熊弦一郎と語る」『教育美術』12巻1号(1951年1月号)16頁

提示部 平面であり立体でもある作品たち
1950年に猪熊がデザインした三越包装紙《華ひらく》(図1)。さまざまな形の箱を包んで試作を重ねたこの作品は、平面デザインでありながら包むと立体になることを想定しています。他にも猪熊は風呂敷、着物(図2)などを手掛けました。渡米後、1960年代半ば以降には都市をテーマに大きなカンヴァス作品を描きます(図3)。都市空間をぎゅっと平面に入れ込んだような抽象絵画には、猪熊が持つ卓越した空間認識力が発揮されています。

三越包装紙《華ひらく》1950年

《着物》1955年以前 個人蔵

《秩序と町》1964年 当館蔵
展開部 背景をひもとく
東京美術学校(現・東京藝術大学)在学中から頭角を現していた猪熊は、制度改革で画壇が混乱する中、1936年に数少ない同志と新制作派協会を結成します。38年には念願のパリ行きを果たし、画家の藤田嗣治と交友を深めました。しかし第二次世界大戦が激化し、やむなく帰国。44年に神奈川県の藤野(現・相模原市緑区藤野)へ疎開し、新制作派の画家仲間たちと暮らします。藤野に今も残る彼らの作品(図4)と猪熊のスケッチ(図5)からは、当時の生活がうかがえます。
そして戦後、やっと訪れた平和な時代。つらい戦争体験を経た猪熊は、芸術の力で人々の心を明るくしようと、画家というよりむしろ文化人として、生活の中に芸術があることの大切さを語ります。そして、デッサン教室やダンスパーティーなど、人と人が楽しく交流しながら芸術に触れられる場を生みだしました(図6)。また、妻・猪熊文子の公私にわたる活躍にも注目します。

《伊里風景》1946年 個人蔵

《戦時中スケッチ》1945年頃
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵

1945〜55年頃
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵
再現部 空間に生きる
猪熊の尽力により1949年に設立した新制作派協会建築部は、翌50年の神戸博でさっそく会場プランとパビリオン設計の一部を担いました。また、猪熊の壁画第一作《デモクラシー》(図7)は建築部会員の建築家・谷口吉郎が設計した慶應義塾大学校舎のための作品で、谷口はこの大学建築群を交響詩になぞらえ、建築と絵画・彫刻との協働を謳いました。焼け跡の中、学生達とともに猪熊が制作した壁画は複数人で塗りやすい平坦な画風になり、その2年後には上野駅壁画《自由》(1951)が完成します。分野を超えた、共同制作による、権威のためではなく学生や公衆のためにある作品―これらすべてが、戦後の民主主義時代に即した新しい芸術のあり方でした。壁画の画風は同時代のカンヴァス作品にも転用されます(図8)。
また大画面体験のルーツを遡り、彫刻家の従兄・中村武平、若い頃の大型作品、フランスで藤田と見た洞窟壁画(図9)など、猪熊の壁画制作につながる多様な経験を掘り下げます。そして猪熊が晩年に至るまで手掛けた多くの壁画や建築関連作の中から、香川県庁舎壁画《和敬清寂》(1958)と香川県県民ホール壁画《21世紀に贈るメッセージ》(1988)をご紹介します。
さらに猪熊は、すべて芸術は生活に結びつくべきという考えのもと、様々な仕事に関わります。家が近所で戦前から親しかった建築家の山口文象は、戦時中には藤野に通って疎開画家と語りあい、終戦直後から建築部創設に尽力しただけでなく、猪熊の紹介で猪熊に縁のある建築作品「高松近代美術館」(1948)と「久が原教会」(1950)を設計しました。また、猪熊は1950年代前半までに、家具デザインや舞台美術など生活や空間にかかわる作品を多く手掛けました。

《デモクラシー》1949年
慶應義塾大学蔵 ※写真、複製のみ展示


《バナナ》1950年 当館蔵
終結部 空間につつまれて
渡米以降1960年代前半までの、ざらついたマチエール(絵肌)が特徴の抽象絵画を紹介します(図10、表紙)。この特徴は石や土の質感を思わせ、素材をそのまま生かす美は茶道や近代デザインにも通じます。猪熊はこの抽象表現によって、描く対象ではなく絵画自体の質感を表し、大きな絵画平面が額縁の中にとどまらず展示空間に直接はたらきかける、絵画の新しいあり方を見出したのです。
猪熊は空間をとらえる優れた感覚の持ち主でした。だからこそ、画家でありながら、様々な芸術分野に携わり、やがて新しい手法をもって絵画表現を切り拓くことができたのでしょう。
特別展「空間に生きる画家 猪熊弦一郎―民主主義の生活空間と造形の試み」は初公開作品を含む約300点の資料・作品を一堂に展示する、ミュージアム初の猪熊弦一郎個展です。ぜひご覧ください。
(専門学芸員 一柳 友子)
図1、4、6以外は全て©The MIMOCA Foundation
図1、7は高橋章撮影

《洞窟壁画スケッチ》1939年
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館蔵 初公開

《埴輪4》1956年 当館蔵
特別展 空間に生きる画家 猪熊弦一郎 ―民主主義の生活空間と造形の試み
4月17日(土)~6月6日(日)
会場
特別展示室及び常設展示室4・5
開館時間
9:00~17:00(入館は閉館の30分前まで)
※会期中毎週土曜日と5月2日(日)、3日(月・祝)、
4日(火・祝)は19:30まで開館
休館日
月曜日 ※5月3日(月・祝)は開館
観覧料
1,100円、前売・団体:900円
※高校生以下、65歳以上、身体障害者手帳等をお持ちの方は無料
※5月18日(火)は「国際博物館の日」につき無料