vol54 収蔵品紹介
明石朴景 乾漆飾壺『薫風嫣然』

昭和62(1987)年 漆 当館蔵
《乾漆飾壺「薫風嫣然」》と題された作品(図1)。そのフォルムはニンニクのようです。乾漆は、丈夫で自由なフォルムをつくることが強みの漆芸技法です。その手法は、石膏の型に漆を塗って麻布を貼り、その麻布を漆でさらに塗り固めます。石膏の型から麻布と漆からできた本体を外し、再び漆を塗り重ねて仕上げます。こうして生まれた本作では、艶やかな黒漆地に菖蒲が描かれています。天を仰ぐように花弁が描かれ、植物の力強い生命力が表現されています。
作者は明石朴景(1911-1992)。香川を代表する漆芸家のひとりです。高松市に生まれ、香川県立工芸学校に進学し、磯井如真(昭和31年重要無形文化財(蒟醤)保持者)に漆芸技法を学びました。昭和9年には東京美術学校(現・東京藝術大学)の図案科を卒業し、和歌山県工業試験場に勤務して漆器のデザインを指導しました。30歳になる昭和16年には母校の教員として香川に戻り、翌年高松市立工業研究所に転任しました。工業研究所に勤めながら、昭和18年には第9回香川県美術展覧会に出品するなど、制作を続けました。その後、招集され衛生兵となり中国で終戦を迎えました。復員した当時を振り返り、後年、明石は次のような言葉を残しています。
(前略)高松へ帰ったがー、と思ってみたら、でぇーと高松が焼け野原でね。あーこれはえらいことになっとるが。おれは、する仕事はこれからや、と思ってね。高松の美術文化いうもんをこれから育てないかんと、これからやらないかんと思って覚悟を決めました。※
この言葉からは、命からがら帰郷できた安堵感を味わうものの、焦土と化した故郷の姿に衝撃を受け、新しい創造の土壌を育もうとする決意がうかがえます。この体験が、新しい工芸を目指して切磋琢磨する「うるみ会」を生み、後進を導くエネルギーに繋がっていきました。
ふるさとの文化芸術の振興に尽力した明石。多忙な活動のなかで、改組第19回日展会員賞を受賞したものが、本作です。《春麗日 乾漆花瓶》(図2)でも確認できるように植物を題材にして、本作では菖蒲の姿を瑞々しく表しています。そしてまた、色漆で巧みに描き、新緑のなか菖蒲のあいだに吹く初夏の心地良い風を表現しています。明石の繊細な感受性とそれまで培った表現力が発揮された、代表作といえるでしょう。
今秋、常設展示室4・5では明石朴景生誕110年を記念し、館蔵品から明石の最晩年までの作品を展示・紹介します。ここで紹介した本作もそのひとつです。明石の漆の世界をご堪能ください。
※ 「明石朴景、自らを語る。」『明るい新しい漆工芸をめざして 明石朴景展』高松市美術館、1992年。
(学芸員 日置 瑠子)

昭和55年 当館蔵 高橋章撮影
関連展覧会
常設展示室4・5 「生誕110年 明石朴景 ―物語を紡ぐ、漆の世界―」
9月14日(火)~10月24日(日)
トーク:9月25日(土)、10月9日(土)
学芸講座:9月18日(土)13:30~15:00 要事前申込
※申込方法は8頁インフォメーションをご覧ください