【複製秘話vol.01】「乾漆聖観音坐像(かんしつしょうかんのんざぞう)」の複製はどのようにして作られた?
歴史展示室の古代エリアに鎮座する「乾漆聖観音坐像(かんしつしょうかんのんざぞう)」。この仏像は、香川県さぬき市の願興寺(がんこうじ)にある国指定重要文化財(昭和 25 年指定)の聖観音坐像の複製です。
複製の作り方にはさまざまありますが、香川県立ミュージアムの「乾漆聖観音坐像」は、奈良時代の脱活乾漆(だっかつかんしつ)という技法を再現した、全国的にもまれな複製制作となりました。
その複製秘話をご紹介しましょう。

乾漆聖観音坐像は何がすごい?
願興寺の乾漆聖観音坐像は、奈良時代(8 世紀後半)に都の地で作られたと考えられます。聖観音坐像には「脱活乾漆」という漆を接着剤として土の原型に麻布を貼り重ねて像を作る技法が用いられています。
この技法で作られた仏像としては、奈良の興福寺(こうふくじ)の阿修羅像(あしゅらぞう)が有名ですが、近畿圏を除くと現存する仏像はごくわずかしかありません。
それは、そもそも漆が貴重で、脱活乾漆の仏像が日本の歴史の中でもごく短い期間しか制作されなかったこと。また、樹液である漆は固まると非常に丈夫な素材ですが、堅いがゆえに衝撃に弱く壊れやすい性質があることが理由だと推測されます。
都を除いた西日本では、願興寺の乾漆聖観音坐像が、現存する唯一の脱活乾漆像です。
願興寺の乾漆聖観音坐像が作られた当時、人々は船で瀬戸内海を行き来していました。今も香川県には、当時奈良の寺との近しい関係を示す文化財が他にも残されています。この仏像は、奈良時代の都と讃岐との文化交流を物語る象徴的な文化遺産として、複製することになりました。
どんな技法を使って再現するか?どこまで再現するか?
脱活乾漆への挑戦
複製を作る方法の一つに、実物を型取りして合成樹脂を流し込むというものがあります。しかし、漆で作られている願興寺の乾漆聖観音坐像は、表面に経年変化による亀裂があり、型取りすることはできませんでした。そこで、この仏像が作られた技法、脱活乾漆の技法を検証しながら再現することになりました。
まずは木を組んで仏像の心(しん)とし、そこに土を盛ってボディを作ります。その上から麻布を小麦と混ぜた漆を接着剤にして貼り重ねます。麻布が固まったら、像の背中や後頭部に窓を空けて、中の土をかき出します。あらためて、変形を防止するための木製の心を組み入れます。ボディができたら、木くずなどを混ぜた漆を表面に盛り付けて細部を作ります。最後に黒漆を塗って磨いて、仏像としては金箔を貼ったり彩色をしたりして仕上げるのが基本です。

複製作業は、願興寺の乾漆聖観音坐像がどのように作られたのかを調査することから始めました。制作時の 1999 年は、まだ3D スキャンの技術がなかったため、過去に撮影された X 線写真から、心木の組み方や木目、使っている釘、麻布の厚みなどを検証しました。
とはいえ、脱活乾漆の仏像制作には多くの謎がありました。漆だけでは形にならないため、別の小麦や木くずなどの素材を混ぜるのですが、どの素材をどのぐらいの割合で混ぜていたのかが分かっていないのです。制作する風土や気候によっても変わってくると考えられます。そのためさまざまな素材のサンプルを作り検証を重ねて、制作していきました。
苦労した点は、漆の乾燥スピードが予想より早くて収縮が大きく、首が思っていたよりも下に傾いてしまったことです。実物と違う姿になってはいけないので、現地で見比べながら心木を調整して修正しました。
素材や道具も古代に近いものを使用
複製の素材は、日本で調達できるものを可能な限り使用しています。たとえば、麻布は福島県の「苧麻(ちょま)」という古代から使われてきたものを取り寄せました。漆は岩手県産のものを使用。仏像の指先に入っている鉄芯は、島根県の「たたら製鉄」で製作してもらいました。
また、制作する道具も古代の道具にこだわっていて、心木を削りだす鉋(かんな)は「槍鉋(やりがんな)」という古代の鉋(かんな)を使用しています。
複製は実物が作られた奈良時代の姿に再現
複製を作る上では、失われたものをどこまで再現するかということも課題の一つでした。
願興寺の乾漆聖観音坐像は、両腕の肘から先と左膝が後の時代に修理されていて、奈良時代に作られた姿とは違うものに変わっていました。肘から先が失われたことで、本来あったはずの天衣(てんね:薄い衣)も一部も失われていました。実物を観察すると、天衣が肩から交差するようにかかり膝前を渡っていく痕跡があったため、監修の先生と奈良時代の天衣のかかり方を検証しながら再現しました。このように、複製は実物の奈良時代の姿を推測しながら制作したのです。
一方で、奈良時代の姿を再現しなかった点もあります。
複製の顔には金色の部分が見られますが、これは金箔です。仏像は本来金色に光り輝く姿が基本で、もともと実物の体は金色でした。衣も通常は金色にします。そして髪の毛は群青色にするのが一般的です。現在の実物はその彩色や金箔が落ちていますが、複製では、それらは再現しませんでした。今の仏像の色彩に見慣れている現代人は、金色の姿に違和感を覚えると考えたためでした。
複製の制作を通じて発見したこと
使用した漆の量は 5kg 程度と考えられました。でも実物の漆の量は、もっと少なかったのではないかと、今は考えています。
これは複製を作ったからこそ気づいた発見だといえます。
仏像の内部の土をかき出す際には、土と麻布が剥がれやすいように離型剤(りけいざい)として蜜蝋(みつろう)を選びました。蜜蝋は、熱で溶ける性質を利用して、古代から金銅仏などを作ることに使われていた素材です。実際に蜜蝋を塗ったところ、仏像の内面もきれいに仕上がったという成果がありました。
複製ならではの見どころは?
複製の一番の見どころは、実物では見られない奈良時代の姿を再現していることでしょう。また、願興寺の実物は、通常は扉が閉まっていて自由に拝観することができませんが、香川県立ミュージアムでは、開館時間であれば自由に見ることができるといった気軽さがあります。
型取りではない、手作りの複製という点では、複製と実物を見比べてみることもおすすめです。
漆は長い時間をかけて乾燥します。この複製も完成したばかりのときは、漆の成分が揮発して展示ケースが曇るほどでした。そして少しずつ経年変化をしていきます。
今は完成して 25 年ほどですが、天衣のあたりに亀裂が入りはじめていますし、これから、さらに古い雰囲気を醸し出していくことでしょう。
100 年、200 年、1000 年後へと引き継いでいく、本物の素材で作られた「乾漆聖観音坐像」を間近で見てみてください。