常設展
開催終了
高松松平家と県立工芸学校
2022年1月2日(日曜日)~令和4年2月27日(日曜日)
常設展示室1
高松松平家は、明治4年(1871)の廃藩置県により東京に移住した後も、当主がたびたび高松を訪れたり、県内の公職を多数務めたりするなど旧領地との強い結びつきを持ち続けていました。そのことによって、明治以降の香川に関係するさまざまな資料が松平家に残されています。
本展では、その中から明治31年に設立された香川県工芸学校(明治34年香川県立工芸学校と改称、現香川県立高松工芸高等学校、以後「工芸学校」)に関係する資料に着目します。
松平家に伝来する作品や、記録資料を通して、制作の背景や松平家と工芸学校との関係について考えます。
本展では、その中から明治31年に設立された香川県工芸学校(明治34年香川県立工芸学校と改称、現香川県立高松工芸高等学校、以後「工芸学校」)に関係する資料に着目します。
松平家に伝来する作品や、記録資料を通して、制作の背景や松平家と工芸学校との関係について考えます。
会期
2022年1月2日(日曜日)~令和4年2月27日(日曜日)
開館時間
9時~17時(入館は閉館の30分前まで)
休館日
月曜日(令和4年1月3日、1月10日は開館)
会場
常設展示室1
関連行事
担当学芸員によるミュージアム・トーク
| 日時など | 日時:令和4年1月15日(土曜日)、2月13日(日曜日)各日13時30分より30分程度 場所:常設展示室1(観覧券必要。参加無料・申込不要) 参加者多数の場合、受付を締め切らせていただく場合がございます。 |
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主な展示作品
三字扁額「玉藻廟(たまもびょう)」
明治35年(1902)
高松松平家歴史資料、当館保管
明治23年(1890)、陸軍省の管理下にあった高松城が旧藩主松平頼(より)聡(とし)に払い下げられ、同35年藩祖頼(より)重(しげ)を祀る玉藻廟が天守閣跡に造られた。
この扁額は、松平頼聡が書いた書を、工芸学校教諭の桑(くわ)根(ね)常(つね)三郎(さぶろう)が彫刻したもの。
雌雄銀鳩(しゆうぎんはと)
明治36年(1903)
公益財団法人松平公益会蔵
明治36年(1903)の頼(より)聡(とし)70歳の祝いに贈られたもの。箱の墨書から、旧藩士で当時の高松市長小田知(とも)周(ちか)が工芸学校に制作を依頼し、松平家に贈呈したものとわかる。工芸学校の彫金・鍛金・木工の教諭が関わって制作された。頼聡逝去の直前に贈呈されている。
摂政宮(せっしょうのみや)使用、テーブル・椅子
大正11年(1922)
高松松平家歴史資料、当館保管
大正6年(1917)、高松城内に完成した松平家の別邸披雲閣(重要文化財)は、香川を訪れた皇族など多くの賓客(ひんきゃく)をもてなす迎賓館としての役割も果たした。
大正11年11月、陸軍特別大演習が香川県内で行われた際には、披雲閣が大本営として使用され、摂政宮(後の昭和天皇)が滞在した。このテーブルと椅子は、摂政宮の御座所となった波の間で使用されたもので、工芸学校木工科の教諭竹内友吉が制作した。皇室を表す菊の紋があしらわれている。