武士は食わねど高楊枝 ぶし は くわねど たかようじ 作者 流政之(ながれ まさゆき、1923-2018) 時代 平成元年(1989) 品質・員数 花崗岩 1点 法量(cm) 高166.0 幅60.0 奥行50.0 分類 彫刻 収蔵番号 BK1#01158 解説 先端に向かって細くなる姿が印象的な彫刻である。「武士は食わねど高楊枝」とは、武士の清貧や体面を重んじる気風、貧しくても気位を高く持ち、泰然としていることを例えたものである。貧しく食事ができなくとも、食事をしたかのように楊枝を使ってみせる。この作品の、先端に向かって細くなる様子は、刀にも楊枝にも見える。長崎県生まれの作者は昭和34年(1959)に初めて四国に渡り、翌年、庵治(あじ)石(花崗岩)の産地である庵治村(現・高松市)で、優れた石切りの技術を備えた石職人らと制作を始めた。ニューヨークの世界貿易センタービルのシンボルとして、ビルの広場に作品「雲の砦」が設置されたが、2001年のアメリカ同時多発テロ事件を受けてによって撤去されている。 関連作品 誕生釈迦仏立像 ブロンド 秣 能面 大癋見 作品をさがす リセット キーワード検索 分類 すべて 絵画(国内) 絵画(国外) 彫刻 工芸 書 デザイン 民俗資料 その他 指定区分 すべて 国宝 重要文化財 重要美術品 県指定 市町指定 検索
解説
先端に向かって細くなる姿が印象的な彫刻である。「武士は食わねど高楊枝」とは、武士の清貧や体面を重んじる気風、貧しくても気位を高く持ち、泰然としていることを例えたものである。貧しく食事ができなくとも、食事をしたかのように楊枝を使ってみせる。この作品の、先端に向かって細くなる様子は、刀にも楊枝にも見える。
長崎県生まれの作者は昭和34年(1959)に初めて四国に渡り、翌年、庵治(あじ)石(花崗岩)の産地である庵治村(現・高松市)で、優れた石切りの技術を備えた石職人らと制作を始めた。ニューヨークの世界貿易センタービルのシンボルとして、ビルの広場に作品「雲の砦」が設置されたが、2001年のアメリカ同時多発テロ事件を受けてによって撤去されている。