名品選

最終更新日:2026年2月23日

人麻呂・小町・喜撰図(松平頼重和歌幅)
ひとまろ・こまち・きせんず(まつだいらよりしげわかふく)

作者
(画)狩野探幽(かのうたんゆう、1602~1674)、狩野尚信(かのうなおのぶ、1607~1650)、狩野安信(かのうやすのぶ、1613~1685) (書)松平頼重(まつだいらよりしげ、1622~1695)
時代
江戸時代 17世紀
品質・員数
絹本著色 3幅
法量(cm)
各101.5×48.0
分類
絵画(国内)
指定区分
市町指定
収蔵番号
MY0#00017

解説

柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)、小野小町(おののこまち)、喜撰法師(きせんほうし)の3幅対である。幕府御用絵師の狩野探幽・尚信・安信の3兄弟がそれぞれ人麻呂、小町、喜撰法師を描き、松平頼重が各人の百人一首に選ばれた和歌を書いた。
柿本人麻呂は奈良時代(710-793)以前に活動した『万葉集』の代表的歌人である。「ほのほのと/明石の浦の/朝霧に/しまかくれ行/舩をしそおもふ」とある歌は、明石の浦の朝霧の中を進んでいく船に対して、島に隠れていく船の前途を感慨深く詠んだものである。
小野小町は平安時代の代表的歌人であり、六歌仙・三十六歌仙の1人として名高い。百人一首でも有名なこの歌「はなのいろは/うつりにけりな/いたつらに/わかみよにふる/ながめせしまに」の「花」は桜を指すといわれており、本作品でも小町の傍らに桜の花・幹が描かれている。
喜撰法師は平安時代の歌人であり、六歌仙の1人として知られる。「我庵は/都のたつみ/しかそ住/世を宇治山と/人はいふなり」とある歌は、都から離れて宇治に暮らす理由について、世の人が言うように憂いによるものではなく、ただただ気楽であるからという心情を表したものである。