人麻呂・小町・喜撰図(松平頼重和歌幅) ひとまろ・こまち・きせんず(まつだいらよりしげわかふく) 作者 (画)狩野探幽(かのうたんゆう、1602~1674)、狩野尚信(かのうなおのぶ、1607~1650)、狩野安信(かのうやすのぶ、1613~1685) (書)松平頼重(まつだいらよりしげ、1622~1695) 時代 江戸時代 17世紀 品質・員数 絹本著色 3幅 法量(cm) 各101.5×48.0 分類 絵画(国内) 指定区分 市町指定 収蔵番号 MY0#00017 もっと見る もっと見る 解説 柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)、小野小町(おののこまち)、喜撰法師(きせんほうし)の3幅対である。幕府御用絵師の狩野探幽・尚信・安信の3兄弟がそれぞれ人麻呂、小町、喜撰法師を描き、松平頼重が各人の百人一首に選ばれた和歌を書いた。柿本人麻呂は奈良時代(710-793)以前に活動した『万葉集』の代表的歌人である。「ほのほのと/明石の浦の/朝霧に/しまかくれ行/舩をしそおもふ」とある歌は、明石の浦の朝霧の中を進んでいく船に対して、島に隠れていく船の前途を感慨深く詠んだものである。小野小町は平安時代の代表的歌人であり、六歌仙・三十六歌仙の1人として名高い。百人一首でも有名なこの歌「はなのいろは/うつりにけりな/いたつらに/わかみよにふる/ながめせしまに」の「花」は桜を指すといわれており、本作品でも小町の傍らに桜の花・幹が描かれている。喜撰法師は平安時代の歌人であり、六歌仙の1人として知られる。「我庵は/都のたつみ/しかそ住/世を宇治山と/人はいふなり」とある歌は、都から離れて宇治に暮らす理由について、世の人が言うように憂いによるものではなく、ただただ気楽であるからという心情を表したものである。 関連作品 高松城下図屏風 甘露軍荼利 梅樹 和歌短冊屏風 作品をさがす リセット キーワード検索 分類 すべて 絵画(国内) 絵画(国外) 彫刻 工芸 書 デザイン 民俗資料 その他 指定区分 すべて 国宝 重要文化財 重要美術品 県指定 市町指定 検索
解説
柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)、小野小町(おののこまち)、喜撰法師(きせんほうし)の3幅対である。幕府御用絵師の狩野探幽・尚信・安信の3兄弟がそれぞれ人麻呂、小町、喜撰法師を描き、松平頼重が各人の百人一首に選ばれた和歌を書いた。
柿本人麻呂は奈良時代(710-793)以前に活動した『万葉集』の代表的歌人である。「ほのほのと/明石の浦の/朝霧に/しまかくれ行/舩をしそおもふ」とある歌は、明石の浦の朝霧の中を進んでいく船に対して、島に隠れていく船の前途を感慨深く詠んだものである。
小野小町は平安時代の代表的歌人であり、六歌仙・三十六歌仙の1人として名高い。百人一首でも有名なこの歌「はなのいろは/うつりにけりな/いたつらに/わかみよにふる/ながめせしまに」の「花」は桜を指すといわれており、本作品でも小町の傍らに桜の花・幹が描かれている。
喜撰法師は平安時代の歌人であり、六歌仙の1人として知られる。「我庵は/都のたつみ/しかそ住/世を宇治山と/人はいふなり」とある歌は、都から離れて宇治に暮らす理由について、世の人が言うように憂いによるものではなく、ただただ気楽であるからという心情を表したものである。