高松藩飛龍丸船明細切絵図
たかまつはん ひりゅうまる ふね めいさい きりえず
- 作者
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赤沢義睍(あかざわ ぎけん、生没年不明)、赤沢義直(あかざわ よしなお、生没年不明)
- 時代
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宝暦4年(1754)、寛政4年(1792)
- 品質・員数
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絵図、彩色・8枚
- 法量(cm)
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1 惣図 157.5×223.0 2 艫真向之図・御屋形之図 37.0×434.0 3 御花屋形之図・御船平絵図 37.0×362.5 4 惣絵図 115.4×369.3 5 平絵図 115.2×370.3 6 艫真向之図 75.0×95.0 7 板遣方之図 76.4×190.1 8 航加敷中棚上棚共仕立幅之図 76.2×190.1
- 分類
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民俗資料
- 指定区分
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県指定
- 収蔵番号
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MK2#00001、MK2#00002、MK2#00003、MK2#00004、MK2#00005、MK2#00008、MK2#00006、MK2#00007

解説
大名専用の船を御座船(ござぶね)といい、高松藩主は江戸と国許(くにもと)を行き来する参勤交代に御座船を用いて瀬戸内海を渡った。
高松藩の御座船は「飛龍丸」と名づけられ、寛文9年(1669)に高松藩主松平家初代頼重(よりしげ)が最初の「飛龍丸」を建造して以降、江戸時代末までに何度か造り替えられた。本図は、造り替えられた際の記録として描かれたものであえる。
各図には引き出し線で説明がついているが、その内容は主に船の装飾に関する事項である。特に注目されるのは、藩主や重要な家臣の船室となる2階建ての屋形について内部の装飾をくわしく表している点で、大名のくらしの一端をうかがうことができる。